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松山地方裁判所 昭和59年(ワ)413号 判決 1985年9月30日

原告 甲野太郎

<ほか一名>

右二名訴訟代理人弁護士 金澤隆樹

被告 樋野英二

<ほか一名>

右二名訴訟代理人弁護士 白石喜徳

同 高田義之

被告 乙山春夫

主文

一  被告らは、各自、原告甲野太郎に対し、金一一五九万六七一六円及びこれに対する昭和五六年一〇月七日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告甲野花子に対し、金一〇九九万六七一六円及びこれに対する昭和五六年一〇月七日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  原告ら各自の被告ら各自に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは、各自、原告甲野太郎(以下、原告太郎という。)に対し、金一四〇八万二七四六円及びこれに対する昭和五六年一〇月七日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告甲野花子(以下、原告花子という。)に対し、金一三四八万二七四六円及びこれに対する昭和五六年一〇月七日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

第二請求の趣旨に対する答弁(被告ら各自)

一  原告ら各自の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第三請求原因

一  事故の発生

訴外亡甲野一郎(以下、一郎という。)は、次の交通事故(以下、本件事故という。)の当事者となった。

発生日時 昭和五六年一〇月七日午後二時二〇分ころ

発生場所 松山市木屋町二丁目一番一九号先市道交差点内(以下、右交差点を本件交差点という。)

運転者と運転車輌 被告樋野英二が普通貨物自動車(愛媛四四あ一五八五。以下甲車という。)を、被告乙山春夫が自動二輪車(愛媛ま六二二五。以下、乙車という。)を、それぞれ運転していた。

同乗者 一郎が乙車に同乗していた。

態様 甲、乙両車の前部どうしが出合頭に衝突した。

結果 一郎は、事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害を受け、事故発生から約一時間後に死亡した。

二  被告らの責任原因

1  被告樋野英二(以下、被告樋野という。)

被告樋野英二は、自己の過失により本件事故を生じさせたから、民法七〇九条により、損害賠償の義務を負う。

右にいう過失とは、「甲車を運転して本件交差点に進入するに際し、右交差点は左右の見通しの悪い交差点であったのであるから徐行すべき義務があるのにこれを怠り、何らの徐行措置も取らないまま進行した。」との過失である。

2  被告四国西濃運輸株式会社(以下、被告会社という。)

被告会社は、本件事故発生当時甲車を自己のため運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条により損害賠償の義務を負う。

3  被告乙山春夫(以下、被告乙山という。)

被告乙山は、本件事故発生当時乙車を自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条により損害賠償の義務を負う。

三  一郎と原告らの身分関係

原告らは夫婦であり、一郎は原告らの娘夏子(昭和四五年三月二〇日死亡。)の生んだ婚外子(未認知)である。すなわち、一郎の相続関係は別紙相続関係図記載のとおりであり、原告ら以外に同人の相続人は存在しない。

四  損害

1  葬儀費 金六〇万円

原告太郎が負担した。

2  一郎の逸失利益 金三三一六万五四九三円

一郎は、昭和三九年四月八日生まれ(本件事故発生当時一七歳)の健康な男子であり、昭和五六年九月ころから訴外丙川株式会社に運転助手として勤務していた。一郎は、本件事故に遭わなければ、六七歳までは稼働可能であり、その間を通して見れば、少なくとも全男子労働者の平均収入に該当する収入を得られることになったはずである。そこで、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計の全男子労働者学歴計の収入を基にして年収を求め、生活費を五割としてこれを控除し、中間利息(年五分)の控除はライプニッツ係数によることにして、一郎の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり金三三一六万五四九三円となる。

(23万5300×12+80万9800)×18.2559×(1-0.5)=3316万5493

3  一郎の慰藉料 金四〇〇万円

4  原告らの慰藉料 金八〇〇万円

原告ら各自につき金四〇〇万円ずつ。

原告らは、一郎を、その実母(原告らの二女夏子)生存中から引き取って養育し、同女死亡(一郎の五歳時)後は父のない一郎を完全な親代りとしていつくしみはぐくんで来た。老いてからの養育であったこともあり、原告らの一郎に寄せる愛情は殊の外深いものであった。

5  以上合計 金四五七六万五四九三円

6  5のうち原告ら各自の額

(一) 原告太郎 金二三一八万二七四六円

(一円未満切捨て)

(二) 原告花子 金二二五八万二七四六円

(右同)

7損害填補 金二〇二〇万円

原告ら各自に金一〇一〇万円ずつが支払われた。

8  5―7 金二五五六万五四九三円

9  8のうち原告ら各自の額

(一) 原告太郎 金一三〇八万二七四六円

(一円未満切捨て)

(二) 原告花子 金一二四八万二七四六円

(右同)

10  弁護士費用 金二〇〇万円

(一) 原告太郎 金一〇〇万円

(二) 原告花子 金一〇〇万円

11  8+10 金二七五六万五四九三円

12  11のうち原告ら各自の額

(一) 原告太郎 金一四〇八万二七四六円

(一円未満切捨て)

(二) 原告花子 金一三四八万二七四六円

(右同)

五  結論

以上により、被告ら各自に対し、

原告太郎は、前記損害金一四〇八万二七四六円とこれに対する昭和五六年一〇月七日(本件事故発生の日)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、

原告花子は、前記損害金一三四八万二七四六円とこれに対する右同日から支払済みまでの右割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

第四請求原因に対する認否(被告ら各自)

一  請求原因一は認める。

二1  同二1は認める。

2  同二2は認める。

3  同二3は認める。

三  同三は認める。

四  同四については、7(損害填補)のみ認めその余は認めない。

一郎は、本件事故発生当時、年間半分くらいの割合でしか仕事をしていなかった。だとすれば、逸失利益算定の基準も平均年収の半額とされるべきである。

第五抗弁

一  過失相殺(被告ら各自)

一郎は、乙車に同乗する際、ヘルメットを着用したものの、被告乙山の忠告にもかかわらずそのひもを締めていなかった。これは一郎の落度というべきであり、この落度が同人の死亡という結果の重大さの大きな要因となっている。損害賠償額の算定に当たっては、一郎の右落度も正当に考慮に入れるべきである。

二  好意同乗(被告乙山)

被告乙山は、一郎の要望を入れてやむなく同人を無償で乙車に同乗させたものである。損害賠償額の算定に当っては、右事情を考慮に入れ相当な減額がなされるべきである。

三  好意同乗(被告樋野及び被告会社)

1  一郎はいわゆる好意同乗者として評価されるべき者であり、その根拠となる事情は被告乙山主張のとおりである。

2  本件事故のように、好意で同乗させた者(被告乙山)にも過失が認められる場合には、好意同乗を理由とする減額主張がそれ以外の賠償義務者にも認められるべきである。

四  示談(被告乙山)

原告らは、被告乙山に対し、以後損害賠償の請求をしない旨約束した。

第六抗弁に対する認否

一  抗弁一は争う。もっとも、一郎がヘルメットを着用していたことは認める。

二  同二は争う。もっとも、一郎の乙車同乗が無償であったことは認める。

いわゆる好意同乗として損害賠償の額を減じるのは、好意を示した運転者に損害全額を負担させるのは衡平の観点から相当でないと考えられる場合に限られるのであり、単に無償の同乗というだけでは何ら減額事情となるものではないというべきである。被告乙山の無謀な運転振りによって本件事故が引き起こされたことを考えると、減額によって衡平を図る必要性は全くないというべきである。

三1  同三1は争う。

2  同三2は争う。仮に被告乙山との間で好意同乗を理由とする減額が認められるべきであるとしても、「好意」に何の関与もしていない被告樋野及び被告会社との間で減額がなされるべき理由はない。

四  同四は否認する。

第七証拠《省略》

理由

第一事故の発生と一郎の死亡

請求原因一については当事者間に争いがない。

第二被告らの責任原因

請求原因二1、2、3についても当事者間に争いがない。

第三原告らと一郎の身分関係

請求原因三についても当事者間に争いがない。

第四損害

一  葬儀費 金六〇万円

弁論の全趣旨により、要した葬儀費は金六〇万円を下らず、それを原告太郎が負担したことが認められる。

二  一郎の逸失利益 金三〇一九万三四三三円

1  一郎の性別、生年月日

一郎は、昭和三九年四月八日生まれの健康な男子であった。

右事実は、《証拠省略》によって認められる。

2  一郎の学歴

一郎は、甲田中学校卒業後、一年間をおいて甲山商業高校定時制に入学したが、一年生の八月で中退し、ガソリンスタンドでいわゆるアルバイトをしたりした後、本件事故発生当時は、訴外丙川株式会社にトラック運転助手として勤務していた。

右事実は、《証拠省略》により認められる。

3  就労可能年数 五〇年(六七歳まで)

4  年収 金三三〇万七八〇〇円

(一) 昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計によれば、男子小学・中学卒労働者の全年齢平均収入は一箇年当り金三三〇万七八〇〇円である。

(二) 仮に、被告ら主張のとおり、本件事故発生当時一郎が年間半分くらいの割合でしか働いていなかったとしても、同人の逸失利益を算定する根拠としては、平均収入を採用すべきである。本件は、被害者の短期間の逸失利益を考える場合でもなければ、被害者の右のような就労状況が長期間にわたっているため固定化していると見られる場合でもなく、一七歳の少年一郎につき五〇年間の逸失利益を算定する事例なのであるから、死亡当時における一郎の右就労状況を前提にしても、五〇年間を通して見れば全体としては平均収入に見合う収入が得られたはずのものとして処理すべきである、と考えられるからである。

(三) また、原告らは男子全労働者の平均収入を採用すべきものとしているが、本件においては小学・新中卒男子労働者の平均収入を採用する方がより合理的である。

5  採用する係数 一八・二五五九

右は五〇年(一七歳から六七歳まで)に対応するライプニッツ係数である。

6  生活費 年収の五割

7  算定

330万7800×(1-0.5)×18.2559=3019万3433

三  一郎の慰藉料 金三〇〇万円

四  原告らの慰藉料 金七〇〇万円

原告ら各自につき金三五〇万円ずつ

五  以上合計 金四〇七九万三四三三円

六  五のうち原告ら各自の額

1  原告太郎 金二〇六九万六七一六円

(一円未満切捨て)

2  原告花子 金二〇〇九万六七一六円

(右同)

七  過失相殺 なし

本件事故発生時一郎がヘルメットを着用していたことは当事者間に争いがない。本件事故直後右ヘルメットが一郎から離れたところにあったこと(この事実は《証拠省略》により認められる。)から見て、一郎のヘルメット着用方法が完全でなかった可能性が大きいということはできる。しかし、仮にそうであったとしても、被告樋野、同乙山の過失の大きさ(後述八2三参照)、結果の大きさ等を考えると、右事実を根拠に過失相殺をする必要は認められないというべきである。過失相殺はしない。

八  好意同乗による減額 なし

1  本件事故発生当時一郎が無償で乙車に同乗していたものであることは当事者間に争いがない。しかし、無償の同乗者であるからといって、そのことにより当然に賠償すべき額が減少させられるべきものというわけではない。同乗者と加害者(同乗させた者)との間柄、同乗するにいたるいきさつ、同乗させた者の過失の大きさ等もろもろの事情を総合的に考察して、好意を示した運転者に損害全額を負担させることが衡平の観点から見て不相当と考えられる場合に限り裁判所の裁量により好意同乗を理由として減額が行われることがあるに過ぎない。

2  本件の場合、いわゆる好意同乗を理由として減額をすべきか否かを判断する際の資料として、以下(一)ないし(四)に述べる事情があり、これらの事情の下では、反対の結論に導く特段の事由の存在が認められない限り、好意同乗を理由に賠償額を減少させなければ衡平の理念に反するとまでいう必要はないと考えるべきである。ところが、右特段の事由に該当すべき事由は本件全証拠によっても認めることができない。

(一) 一郎と被告乙山とは甲田中学の同級生であり、同中学卒業後もいわば遊び友達として付き合っていた。

右事実は《証拠省略》により認められる。

(二) 事故当日、一郎と被告乙山は、他の共通の友人幸島とともにタクシーで理容店に行き、そこでパーマをあてた後、右幸島の家に行き、そこで少し話しているうち二人とも一郎宅に向うことになった。被告乙山が一郎宅に向うのは同人から買うことになっていた衣類を受ける取るためである。その際、一郎は、先にタクシーで帰って右衣類にアイロンをかけておくといっていたが、結局幸島宅に置いてあった被告乙山の乙車で一緒に出発することになった。

右事実は、《証拠省略》により認められる。

(三) 被告乙山は、乙車を運転して時速約四〇キロメートルで本件交差点に差しかかり(右交差点付近の制限速度は時速三〇キロメートルである。)、右交差点は見通しの悪い交差点であったにもかかわらず何らの徐行措置もとることなくそのまま進入した。その結果、乙車は左方から同じく徐行することなく進入してきた甲車と出合頭に衝突し、乙車後部座席に同乗していた一郎は、その衝撃で甲車を飛び込えて一五、六メートル先の路面にたたきつけられた。

右事実は、《証拠省略》を総合して認めることができる(右認定事実の中には当事者間に争いないものもある。)。

(四) 被告乙山の右運転方法は、同被告自身の判断によるものであり、一郎の指示によるものではない。

右事実は《証拠省略》で認められる。

3  なお、1、2に述べたところは、一郎が乙車に無償で同乗して本件事故に遭うに至る前記事情が、他の諸資料とともに慰藉料額算定の資料の一つとなることを否定するものではない。慰藉料額の算定は本件事故をめぐるすべての事柄を考慮した上でなされるべきことであり、その中に右事情が含まれることは当然だからである。

九  示談による免責       なし

抗弁四の事実を認めさせる証拠はない。

一〇  損害填補 金二〇二〇万円

原告ら各自に金一〇一〇万円が支払われたことは、当事者間に争いがない。

一一  五―一〇 金二〇五九万三四三三円

一二  一一のうち原告ら各自の額

1  原告太郎 金一〇五九万六七一六円

(一円未満切捨て)

2  原告花子 金九九九万六七一六円

(右同)

一三  弁護士費用 金二〇〇万円

1  原告太郎 金一〇〇万円

2  原告花子 金一〇〇万円

一四  一一+一三 金二二五九万三四三三円

一五  一四のうち原告ら各自の額

1  原告太郎 金一一五九万六七一六円

(一円未満切捨て)

2  原告花子 金一〇九九万六七一六円

(右同)

第五結論

以上によれば、原告ら各自の本訴請求は、被告ら各自に対し、原告太郎につき金一一五九万六七一六円、原告花子につき金一〇九九万六七一六円とそれぞれに対する昭和五六年一〇月七日(本件事故発生日)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり、その余は失当である。そこで、原告ら各自の請求を右正当な限度で認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下和明)

<以下省略>

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